
シム・ウナという名前に私が初めて出会ったのは97年のドラマ「美しい彼女」である。
たまたま韓国のドラマを見る機会が有り見たのだが、当時、私はシム・ウナを全く知らず、翌年、映画「美術館の隣の動物園」を見てシム・ウナと言う名を知った。
韓国で1993年MBCテレビの日曜日 朝ドラマ「一つ屋根の三家族](ハン・ソッキュも出演)でデビューしたが、当時の彼女に注目する人はほとんどなかった。そのせいかどうかは不明だが、長く続いていたドラマなのに5話程しか出演していない。
ところが韓国最初のスポーツドラマとして話題を呼んだMBCの「最後の勝負」(94年)から注目を集めるようになった。これまでの女優とは違ったイメージで登場し、彼女の清純なイメージは、その時からずっと彼女の代名詞となっている。
化粧っけの全くない彼女の綺麗な顔は、女子高生の間ですっぴんを流行らせたこともあるという。
彼女の役はタスル。ピュアな瞳で男を見つめ、ポロリとこぼす涙は一瞬のうちに多くの人々を虜にした。
しかし、演技ではあまり注目をあびなかったようである。 なぜなら、清純派スターは多くいたし、それ以上に美しさが先走り演技について語る人がいなかったからである。
「最後の勝負」で一躍スターになった彼女は、清純美を生かす役しかもらえなかったがドラマ「M」で変身する。
94年の夏に大ヒットしたこのドラマで彼女は、善と悪のふたつの顔を持つ主人公を熱演し、演技でも注目を浴びるようになる。彼女が愛する人のために自分の中の悪魔と戦い続けて、最後には自殺する。この場面は長い間語り草になり、清純一筋だった彼女の大胆な変身ぶりにはたくさんの人が注目した。
いつも傷ついて泣いてばかりの役だった彼女がするどい眼光をはなち、優しさから遠ざかってしまっても美しさは変わらない、すばらしい彼女を見る事ができる。
この後も「スッキ」(95年)で悪役を演じる。(清純派スター コ・ソヨンと共演) この2作品の演技が後の大ヒットしたドラマ「青春の罠」(99年)そして映画「tell
me something」に活きてきてると思われる。
彼女は再び、ドラマ「愛するなら」(97年)「美しい彼女」(97年)で清純美、永遠の女性像を演じ、また、祖国と愛の為に戦う女性役で「白夜3.98」(98年)に出演し、演技を磨く。
しかし、テレビ女優としてデビューし、成功した彼女は96年「アッチアッパ」で映画デビューするが、次の出演作「ボーン・トゥ・キル」もヒットせず悩む。
ヒット作に恵まれなかった彼女が次に選んだ作品が、大ヒットした「8月のクリスマス」(98年)である。この映画で数々の賞を総ナメし、映画でもスターの仲間入りを果たしている。
彼女はある雑誌のインタビューでこんな事を話している。「テレビで成功した多くの女優が映画に出演し失敗しているが例のごとく、私も失敗している。2年間の充電期間を置き、色々な作品の中から今回の作品を選ばせて頂いたが、イメージの転換をはかる為、私も自分が変身できるような作品として適していると思い出演させて頂いた。この作品の中での役柄は私にとっては他の作品より意義深いし、大切な役柄だと言えます」
その後「美術館の隣の動物園」で映画でもトップ女優の座を決定的なものとし、その後も数々の賞を受賞している。このふたつの映画の共通点はどちらも新人監督の作品だという事であり、これまでの韓国映画ではあまり見たことのないヒロインだという事である。
シム・ウナでなければこの2作品はこれほどヒットしなかったであろう。彼女はこの2作品によって本物の演技者になったのだと思う。
しかし、彼女は次の作品で脇役を選ぶ。
その時のインタビューで「私は役の大きさは気にしません。今回の役は脇役ですが、映画の中でとても大切な役割を果たす人物なんです。私はこれからは、自分に与えられた役をどれだけこなしていけるかを見てみたいんです。どれだけ箔をつけるかには興味がありません。」と言っている。
その映画が「イ・ジェスの乱」(99年)である。 その後、「tell me
something」(99年)に出演、この映画で彼女は50万の観客を集め、女性版ハン・ソッキュと呼ばれるようになる。今までと違うイメージで出演したこの映画では演技よりも美しさが目立っている。もちろん、演技が下手だという訳ではない。演技がうまいのでよけいに美しさが目立つのだ。振り返った時のシム・ウナのアップには、何度見てもうっとりしてしまう。
その後は「インタビュー」に出演してるがこの時の吹き替え無しで踊っている姿は以前、踊りをしていた事があるだけに見とれてしまう。彼氏が死んだ後その現実から抜けだせないでいる役のこの映画は、「8月のクリスマス」のタリムのその後に思えるのは私だけだろうか?、この映画が最後出演になってるのは実におしい。
2000年末頃に、ベンチャー企業の壮年実業家との旅行がマスコミから流れ、2001年には新しい仕事を入れていなかった彼女に、2001年初頭から結婚・引退の噂が流れはじめた。
それは、芸能関係誌では過去に例を見ない程、過激に取り上げていた。 スターであるがゆえに槍玉にあげられたのである。以前にも何度かあったが、それはスターとしての宿命なのか、それともマスコミ拒否症への当て付けなのか?
そして9月13日に「21歳年上のベンチャー企業壮年実業家と9月23日挙式」と全国紙で報道された。 ところが、9月21日に「恋人と別離、結婚白紙化」を発表、周囲を驚かせたが、引退説は流れたままだった。
でも、引退については本人の口からでたものでは無く、マスコミはあくまでも「説」として扱っていたが、11月に『月刊中央』12月号のインタビューで、シム・ウナ本人が「結婚・離別騒動」について語り「引退」を公表した。本人が正式に公表したことによって、「引退」が確定し周囲は大きな打撃を受けている。
今年始めには、ハン・ソッキュと映画に復帰かとのうわさも流れたが、今は一般人と一緒に某有名画家を師に東洋画を学んでいる。6月にはスポーツ誌相手に訴えを起こしているが、その時の内容からすると復帰は難しいようである。
